PTAの『マグノリア』以来お気に入りのフィリップ・シーモア・ホフマン(以下PSH)の主演作ってことなので、『カポーティ』(ベネット・ミラー監督)を見に恵比寿へ(屋外のくせに全面禁煙化の意味が分からないガーデンプレイス)。
作家トルーマン・カポーティが『冷血』という著書を書いた6年間を映画にしている、らしいが、カポーティ自身も『冷血』もよく知らない私は普通のフィクション映画として楽しむしか出来ず...。
最初は、なんでわざわざPSHが山田辰夫みたな声出してまで作り込んだ芝居してんねやろ、他の役者がやっても良かったんじゃないの、と感じていたのにあら不思議、途中から普通の彼が思い出せなくなる程PSHが声の高いナイーブで自分勝手で神経質なゲイにしか見えなくなる。
一家4人を惨殺した事件を本にしようとその犯人たちと接触して長年に及ぶ取材を重ねるうちに彼らと友情を結んでるのか利用してるのか同性愛者として惹かれ合ってるのか、自分でもよくわからない主人公の状態を一瞬の体の動きや顔の表情で表してしまうから見てて飽きない。やっぱり面白い役者だ。
あと、ハーパー・リー役のキャサリン・キーナーの、特に美しいわけでも色っぽいわけでもない、普通なんだけどかっこいいおばさんの姿もとても素敵だった。
作品自体も、役者に助けられまくり的な部分はあるにしろ、寒々としたカンザスの風景が見てて辛くなるような、監督第一作とは思えぬ渋さと落ち着き感で良かった。ラストもなかなか。

ああ、それにしても10月は映画館に引きこもり過ぎたなあ。そりゃ携帯の発信履歴が相変わらず7月から残ってるはずだ。ちょっと泣きたい。

猛烈に見たいわけでもなかったけど2回も入り口で跳ね返されるとなんかムキになってしまい、今回は上映6時間前にチケット買いに行ってようやく見たぞ、『ゆれる』(それでも整理番号3番で軽くショック)。
西川実和監督、『蛇イチゴ』はなんかあの中途半端に軽いノリに乗り切れずあまり好きにはなれなかったのだが、今作品は中々満足。面白かった。見てよかった。
映画が始まって事件が起こるまでの数分間で、登場する人や場所の関係性を完璧に説明し切る演出と脚本の技術にまずびっくりこきまろ。「でも冒頭でこんなことやってしまって、最後まで保つのだろうか」と一瞬抱いた不安も老婆心に過ぎず、最後まで見せてくれた。内容がどうこうと言うより、ほんと見せられたって感じ(物語としては、最後の展開は微妙かなとも思ったけど)。すごい人だったんですね、実は。
役者も、オダギリジョーのワンパターン芝居と香川照之の濃厚芝居(喋らなくてもあの襟足のカッティングだけで充分なのに...)が上手い具合に相殺されてて良かったんじゃないでしょうか。兄(香川)の、自分勝手で自意識過剰な凡人(面会の時のセリフとか)というキャラクターはちょっと女性的過ぎないかなと思ったけど、現実に女々しくてうざいヤツってたいがい男だからこれでいいのか。
キムニールヤングの芝居も良かった。真木よう子、もうちょっと肌がきれいに見えるように撮ってあげて欲しかった。天光真弓の声はやっぱりいい。新井浩文、実はかなり好きかも。それにしても、オダギリジョーのお尻の小ささは受け入れ難いものがある。
超大ヒットロングラン、カンヌにも出品、で今更言うことナスでしょうけど、今の日本映画を取り巻く環境で、若い女性の監督がこんな映画を撮ったということは大変喜ばしいことだとやっぱり言わずにはいれません。

何故か一時期何かに取り憑かれたようにジェイムズ・エルロイの本を読み漁ってた私。傍から見たらさぞ陰惨な女だったことでしょう。
ま、日曜の午後にこんな映画を1人で見に行ってる現状もその頃と大差ないやろうけど、やっとブライアン・デ・パルマ監督の『ブラック・ダリア』を。半年くらい前に予告を見た時から楽しみにしてたし、上映前から周りでやたらと評判がいいのでかなり期待していく。が、「友人知人たちはやたらとデパルマファンだけど、私ってそうやったっけ?」とこの機会に監督作を確かめてみたら、実は殆ど見てなかった。てへ。
なので、「デマルマ最高作!」とか「この長回しが痺れる!」とか気の利いたこと言えませんが、普段から言ってませんが、やっぱり面白かったです。最初からかなりハイスピードで物語は進み、途中からはかなり原作と違う展開になったのであれれと思ったけど、そんなことは良しとする。詳しくはわからないけど、カメラの動きに感心しきり。2つの事件をひとつの建物を挟んでワンカットで見せるとか、小説読んでるだけじゃ絶対に想像しないしさ。ボクシングのシーンも見応えあったし、主人公が相棒を追いかける階段と影のかっこよさも忘れ難し。ラストの一瞬もすごかった!あの意味のよくわからない地震もなんかおもろかった。映画全体の時代物の雰囲気がまた素敵でね。ひさしぶりに色々本気でかっちょいいアメリカ映画を見て満足。
ジョシュ・ハートネット、『ヴァージン・スーサイズ』のイメージで止まってたけど、えらい大人になって、ええ男になったんやねえ。役にもマッチしてました。
スカーレット・ヨハンソン、悪くはなかったけどやっぱり若過ぎるか。キム・ベイシンガーがあと15歳若かったら...、と思ってしまった。
ヒラリー・スワンク、こんなエロい女優だとは思わなんだ。良かった。名前分からんけど、母親役のおばあさんも良かった。

初めて『マリー・アントワネット』の予告を見る。それだけでキルスティンちゃんの可愛さに悶え苦しんでしまった。

立ち寄った喫茶店で、後ろの男女の会話が面白過ぎて1時間程聞き入ってしまう。いかんいかん。

あんまり過去のものを収集したり大事にとっておいたりすることに興味はないのだけれど、先日ちょっとしたご縁で1995年の「olive」(雑誌)を手に入れ、それを眺めてノスタルジーに浸る日々。
小学生の頃から姉が買ったのを勝手に読んでたけれど、それを丁度自発的に買うようになったのがこの頃(16歳か)で、かなり色んなことを吸収させてもらった。今読んでも充分楽しいし、ってか、自分でも驚く程詳しく覚えてるし。この、媚びることなく真剣に可愛いものだけを追求しようとするような雑誌はもう作れないご時世なのか。やっぱり木俣歩や大森よう子(漢字が出ない...)や岡尾美代子の作るページはうっとりする。若き日のひなのちゃんやら佐伯日菜子やら市川実日子やら小嶺麗奈もみんな可愛い。
そして何よりこの時期のoliveで最も重要なのはオザケン王子の「DOOWUTCHYA LIKE」。毎回本気でめちゃくちゃ楽しみにしてたなー。読み返してみて、改めて私のケチな人嫌いと百貨店&美食好きはこの人の影響だなと痛感。当時はちょっと本気でいつか両手にオレンジの紙袋を抱えた王子様が現れると信じてたのに。青春の夢いまいづこ。斉藤達雄も泣くさ。

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参考資料。左上の表紙はいしだ壱成。やっぱり高木康行&オザケンは最強。

タイトルは、知る人ぞ知る(多分)王子の座右の銘。最近、やっと意味が分かってきた気がする。

忘れもしない、小学2年の時NHKの番組で生まれて初めて見て、あまりの可愛さに心打たれて以来かなりのクレイ・アニメ好きの私。「ウォレスとグルミット」だって、日本に正式に入ってくる前からイギリスやアメリカでビデオ買い漁って必死で見てたもんね!
なもんで、オーストラリア・アニメ選集を見逃すわけには行かず、フィルムセンターへ向かう。なんでもアカデミー賞のアニメ部門で受賞してる程のクレイ・アニメだそうで。期待に胸膨らむ。
が、そんな幻想をこれ以上無理!ってくらいぶち壊してくれるすごいアニメだった...。いや、とても面白かったんですけどね...。でもでも、なんでクレイ・アニメ見てわざわざこんなブルーにならなあかんの?みたいな。ジョージ秋山の「捨てがたき人々」(落ち込みたい時に読めば100%落ち込める漫画)の世界をきゃわゆい人形たちで作ってみました、みたいな。観客の中に小学生くらいの男の子がいたんだけど、いいことなのかどうか...。
アダム・エリオットという監督のクレイ・アニメ短編作品。『おじさん』(96年)『いとこ』(98年)『兄』(98年)。3つとも数分の映画だけど、いとこは知的障害だったり兄はぜんそくの発作持ちだったり。たった数分なのにラスト泣きそうになる。で、23分と比較的長めの『ハーヴィ・クランペット』(03年)。戦争中のポーランドからオーストラリアに移住してきたチック症で脳に障害のある主人公。移民として貧しい生活を送りながら色んな災難に巻き込まれ最終的には老人ホームでボケる。切ねー。でも最後のfaktsは「人生と煙草は最後まで味わえ」。3400万円かけてこんなアニメを作るなんて、素敵なことです。
その他の、『バースデイ・ボーイ』『息をとめて』『エイダ』『クラッカー・バッグ』(実写)、違う監督たちによる短編作品も色彩感覚や物語がかなりダークでブルーな感じで。コアラとオージービーフ的な牧歌的なイメージだったオーストラリア観がかなり変わった。

魚喃(なななん)キリコの漫画って、好き嫌いは別にして、作品が映画として成立してしまってることが多く、その中でもこれは最たるもので、しかも魚喃原作映画といえば安藤尋監督『blue』という秀作が既にあるわけで、なかなか大変そうなのに作っちゃったのね『ストロベリーショートケイクス』(このHPはかなりイケてないと思う...)。どんなもんかと軽い気持ちでチェックしにいく。矢崎仁司監督、実は初体験。
と、あまり期待していなかったのだけれど、ところがどっこい、これがなかなか面白い映画でした。まあ、物語やらセリフやら、8割5分くらい原作の漫画のまんまなんですけど、演じてる役者たちが良かったのだ。
池脇千鶴、ちゃんとブサイクに見えて良かった。可愛かったけど。彼女のキャラの活かし方は映画的に成功してると思う。
中越典子、芝居してるの初めて見たけど、ちゃんと偏差値20くらいに見えて良かった。女優的にヌードがNGで顔射がOKの境界線は全く理解出来ないけど。
岩瀬塔子、ってか、魚喃さんですよね。さすがの痛々しさ。ラヴどころの騒ぎじゃない。自分の作品のこんな役をこんな風に演じれるなんて、かなり凄いことだと思います。尊敬。
そして中村優子。良い良いとは聞いていたけど、こんなに良い女優だとは。ベッドが棺桶とかムダな小細工が不要なくらい、こんなに救いのない役を演じてる彼女を見るだけで満足出来たのに。スタイルも脱ぎっぷりもよろしい。
加瀬亮と安藤政信も両方珍しい役どころで良かったと思います。保坂和志には気付かなかった!
みんな芝居が過剰なわけじゃなく、でも動いてる役者の姿で成立している映画なだけに、唯一ストーリー&演出が100%オリジナルのラストシーンが唯一「これ要らなくね?」と感じずにはいられなかったのがちょっと残念...。なんとかハッピーにまとめなきゃいけなかったんだろうけどさ。
でもでも、これは『blue』の時にもあったんだけど、漫画の中に出てくるめちゃくちゃ大事なセリフが映画では使われてなかったことは消化不良!あれがないと意味がないってくらい重要なのになんで切るかなー。ぶー。

劇場近いし時間丁度やし暇やしってことで、続いてシネマヴェーラの鈴木清順監督特集で『野獣の青春』(63年)を見ていく。
久しぶりの清順&ジョー(宍戸)体験、やっぱりかっこよ過ぎてヤバい。最初のマジックミラー越し無音ストリップとか突然砂嵐の中でSMプレイとかヤクザ事務所の壁が何故か巨大スクリーンとか色々しびれ要素は満載だけど、ただジョーがコルト(拳銃)を持って映画の中を暴れてる姿だけで充分お腹いっぱい。かっこよすぎます(微妙な二枚目具合と運動神経のよさのバランスがいい)。『殺しの烙印』の前なのね。
この特集、東京国際映画祭の一環っていうから混んでると思って敬遠してたのに、ガラガラだった。また来週から通わなきゃいけない場所が増えたと嬉しい悲鳴。

行っちゃった~、東京国際映画祭~。略してTIFF~。言いにくい~。
つーことで、出来たての頃にミーハー気分で訪れた際、店員の態度が悪すぎてマジギレしたら支配人が出てきてなんかうざかったからそれ以来足が遠のいていた六本木のシネコンに久しぶりに行く。友だちの友だち(面識ゼロ...)である坪川拓史監督作品『美式天然』が日本映画・ある視点部門に出品され、有り難いことに席を取って下さるというので厚かましく甘えてみた。
この作品、完全自主映画なのに16ミリフィルム!撮影にかかった期間約10年!など、ちょっと変わった噂ばかりを聞いてたからかなり気になっていたのだけれど、なっかなか日本で上映される機会がなくヤキモキしていたので見れるだけで嬉しかったのだ(正式に日本で上映されるのは今回が初めてだそうな)。
北海道長万部にある映画館で、昭和初期(多分)に一本の映画が上映されてるシーンから始まり、その映画(のフィルム)を巡る過去と現代をつなぐ物語。
特に奇をてらった演出やストーリー展開なわけでもなく、ひたすら静かに映画は進んでいくのだけれど、こういう映画を10年かけて完成させようとした人たちがいるのはとてもいいことなんじゃないだろうかと思える、幸福な作品。
映画の中に出てくる映画館が本当に長万部に数十年前から存在して、それが取り壊されると聞いた監督がなんとかフィルムに残しておきたいと思ったことがこの映画を作るきっかけになったそうだが(泣ける)、その思いは十分に達成出来てると思います。カラーとモノクロの使い方(中川信夫の『亡霊怪猫屋敷』風)も効いてました。楽団が演奏する音楽や劇中流れる曲もすごくいいので、これは是非音響のいい劇場で見て頂きたい。かなりセリフが少ない分、言葉以外で伝えようとしてるものへの配慮がすごい。
色々素敵なシーンはあったんだけど、一番しびれたのは吉田日出子と高木均が踊るシーン。あんなぐっとくるダンスシーン、最近の日本映画では見たことないかも。
それと、映画内映画の無声映画(弁士は小松政夫)のあまりの出来の良さにもびっくりした。相当勉強されたんだなあと感心。
上映後の質疑応答で、監督のトークの上手さにも大変感心。やっぱり映画監督に話術って必要よねーと改めて確認。

引っ越しして電話番号を変えて以来、本当にしょっちゅう間違いファックスが届く。決していたずらではないのだけど、着信の度に「エキセントリック少年ボウイ」の歌を思い出して不安になってしまう。

ぼーっと「ぴあ」を眺めていたら、猫という漢字が目に入ったので読んでみたらヴィスコンティの『山猫』だった。
山のように猫が出てくるのかしら~、と淡い幻想を抱きながらヴィスコンティ生誕100年祭開催中のテアトルタイムズスクエアに向かい、『山猫(イタリア語・完全復元版)』(63年)。20分前に劇場に向かうと整理番号53でちょっとびびる。周りを見渡すと30代風女性1人客率高し。理由は不明。上映時間185分、尾てい骨に爆弾を抱えてる私にはかなりの覚悟を要するが、なんとか頑張ることにする。
前半の、意外と激しい戦闘シーンや、その直後の優美なピクニックのシーンや、埃っぽいシチリアの風景や、新政府からの使者と公爵(バート・ランカスター)のやり取り、若い男女(アラン・ドロンとクラウディア・カルディナーレ←激マブ)が他愛もない会話をしながら古いお屋敷を歩き回るシーンなどにも勿論圧倒されまくったし、公爵一家のお屋敷の美しさや女性陣のドレスにもうっとりしまくったが、やっぱりラスト(と言っても1時間近くあるけど)の舞踏会のシーンに度肝を抜かれる。なんなんだ、あの幸福なのか不幸なのかわからないドラマチックな空間は。公爵の心中とは裏腹にあまりにも華やかな人と場所。こんなものを映画のために作れてしまう贅沢さに感心したり。ベッドに集う女子とか一瞬幻想シーンかと思ったダンスの列とか、ひたすら感動。でも時々挿まれるギャグもちゃんと笑える。そして男性俳優陣がイタリア人らしく目線だけでエロい。かっこいい。ランカスター、あんまりよく知らないけどすごい役者っすね。
あ、物語はですね、革命の起こったイタリアで、シチリア島に住む公爵が自分の地位や名誉が終焉することに気付き、野心家な甥の生き方を応援しつつ、でも自分たちは死を待つのみと感じながら新時代の訪れを待つようなお話でして、山猫はその公爵一家の紋章なだけでした...。ラストカットに子猫がにゃーっと通りかかるけど...。でも映画が面白かったからいいのさ。
それにしてもアラン・ドロン、いくらスクリーン見てるだけでうっかりよだれが垂れてしまいそうな程美男子とは言えこの役はひどい。妙な軽さが似合ってるけどさ(嫉妬の表情とか、アホっぽくて可愛い)。こんな自分勝手な婚約者はイヤだ!と、瀬川昌治のおかげでやっと抱けた結婚願望も一夜にして砕け散る。

小さい時TVで見てたよー、間下このみ(写真作家なるものになってたのは初耳やったけど)。お互い成長して同じ病気になるとはね。本人が出産を望んでるなら頑張って頂きたい。

雨と晴れとで2通りのヘアスタイルが出来上がるお得なくせ毛。全然嬉しくないけど、本日は雨のためチリチリパーマあてたみたいな状態でラピュタ阿佐ヶ谷の瀬川昌治特集へ向かう。
まず『喜劇 急行列車』(67年)。瀬川監督&渥美清主演で面白くないわけがないと信じていたが、私が正しかった。なんか、国鉄のPR映画として会社とかで見せられても納得しそうな内容なのに、映画としてもめちゃくちゃ素晴らしく。長崎観光まで出来たり。
寝台特急を舞台に渥美清演じる車掌の周りで次々と起こる事件(泥棒だの出産だの)に笑い有り涙有りエロも少々有り。渥美清が恋する佐久間良子の美しさもすごいけど、やっぱり最後の奥さんとのやりとりに心打たれまくる。ええ映画やー。渥美清はやっぱり天才だ&祖父に似ている、と再確認。新幹線の鼻はやっぱり丸い方がかわいい、とも再確認。
で、『快感旅行』(72年)。瀬川監督&フランキー堺で面白くないわけがないと信じていたが、またも私が正しかった。私すごい。これも、フランキー堺(不乱木)演じる車掌(俳句マニア)をめぐるお話で、金沢の観光映画になりそうな感じだけど、『喜劇 急行列車』よりは笑い&エロがやや過激。故におもろさ倍増。金沢の歴史的な祭り(鬼のお面被った人たちが一心不乱に和太鼓叩いてる)の真ん中で下痢に苦しむ男2人を乱入させるなんてすごいことするなと大爆笑してしまった。終盤の伴淳の暴れっぷり(なぜか突然鎧兜つけてたりする)にも笑った。自由な映画って素敵ですね。でも最後のフランキー堺が倍賞美津子に送る視線には涙。
設定が同じだからか、この2作で同じネタが何個か使われてたりするんだけど、両方面白いのでそんなことは良しとする。
フランキー堺、瀬川監督の『瀬戸はよいとこ 花嫁観光船』(マスト!)と豊田四郎の作品(タイトル忘れた...)くらいでしかちゃんと見たことないんだけど、かなり好きかも。もっと見たくなってきた。
若い時の倍賞美津子が有り得ない程可愛いということは知っていた(今でもじゅーーぶん可愛いですけど)のだが、まさか、まさか森田健作までもがこんなに可愛かったとは。これは結構本気でショック。人は歳をとるとこうも変わってしまうのか...。
ああ、ミヤコ蝶々みたいなおばあちゃんになりたい。

この2作品を見て「ああ、結婚て素敵だな」と一瞬思ってしまった。恐るべし瀬川昌治。

ということで、友だちに誘われて急遽Rihannaのライブへ行くため横浜へ赴き、B-girlにまみれてきました(みんな顔&お尻小っちゃ!)。実は結構なヒップホップ好き(海外モノ限定)な私。でもこれを言うとなぜか嫌がられるんですよね。あんまり勝手にイメージ付けないで下さい♪
開演時間押しまくり&ライブ自体は小一時間、という、なんかアメリカのスターっぽいと思わせるそれであったが、やっぱり本当に歌とダンスの上手い人の芸を見るのは楽しいもんですね。久しぶりにうっとりしました。〆はなんでかボブ・ディランのバラードやったけど。

ライブ後は中華街の「山東」へ。遅めの時間なのに行列ができていたが並んだ甲斐のある水餃子の味であった。気付いたら見知らぬ男性1人客と3人テーブルに案内されており、気付いたら3人でマイケル・ジャクソンの才能について語り合っていた。

1週間前にヒョウ柄の毛皮をゲットしたと思いきや、間髪入れずに着回し度&実用度共にゼロのコート(エメラルドグリーン&コートのくせに半袖)を福岡からサイズ取り寄せてまで購入し、満足しかけたところで「普段に着れるコートがない!」と気付き、急いでグレーのダウンを買うのがgojo流。来月のカードの請求書がマジ怖いけど、いいもんね。みんなで私のために冬乞いしましょう。

ダンスインザダークという馬の名前はいかがなものか(菊花賞)。

私信。明日所用で横浜行くことになってしまいましたー。

睡眠時間が予定を大幅にオーバーしたので、行く予定だった15時の回をパスして19時からフィルムセンターのオーストラリア映画祭に足を運ぶ。オーストラリアと言えばキャプテンサンタ(=なんか、ちょっと、ダサい)くらいしかイメージがなく、豪映画と言われてもあまりに未知だったのでつい放置プレイ2になっていたのだけれど、それじゃ食わず嫌い嫌いの名が廃ると思い。
で、チャールズ・ショーヴェル監督『ジェダ』(55年)を見たのだけれど...。この作品がオーストラリア映画のイメージを作るのもどうかと感じてしまったり...。オーストラリア初のカラー作品、初の先住民(アボリジニ)主演、だそうで、まあカラーはいいとして(なんか不思議な色で面白かった)、アボリジニさん、よくこの仕事引き受けたなみたいな。
ストーリーは、生まれてすぐ母親に死なれたアボリジニの少女が白人家庭で大切に育てられながらもアボリジニ民族としての自分に目覚めたりなんかする、まっとうな物語なんですが、途中から登場するアボリジニの男性がちょっとひどい。ひど過ぎる。逃亡中の死刑囚という設定の上、牧場放火するわ、主人公をさらうわ、蛇食うわ、更に人殺すわ、ラストには頭おかしくなるわでいいとこなし。民族の村の人たちも野蛮に描かれまくり(女性のリンチが怖過ぎる...)。役者とかスタッフが1回でも「これ、さすがにやばくないっスか?」とか言わなかったのかしら...。
しかし、広大な自然(岩山とか草原とか)で繰り広げられる逃走劇は見てて楽しかった。途中、アボリジニさん(役名忘れた...)が筏に仁王立ちしながらアボリジニ語(字幕もなく意味全く不明)のナレーションみたいなのが入るところはゾクっとした。アフリカ系黒人の黒過ぎる肌の引き締まった体はただ立っているのを見るだけでちょっと感動したり。
しかししかし、主人公の女性が連れ去られた後突然胸を強調する撮り方になった理由は謎。
上映終了後、『夜の叫び』という89年に作られた17分の短編が上映される。トレイシー・モファットという有名なアボリジニ・アーティストさんが『ジェダ』にオマージュを捧げた作品なそうな。ちょっと怖かったけど面白かった。

ファンを自称しておきながら、なぜか放置プレイ状態だったツァイ・ミンリャン監督最新作『西瓜』をようやく見に行く。
112分間、最後のシーンのためだけにひたすら引っ張る。引っ張れるまで引っ張る。その間、登場人物たちにはほとんどまともなセリフもなく(限りなくゼロに近い)。ただ、台北が水不足だということとそこでは西瓜が流行っているということが伝えられ、後はAVの撮影現場で繰り広げられるセックスを見せられる。いやはや、なんでここまで極端なことしかしないかねえとうんざりしなくもないけど、でもやっぱりなんか好きと思ってしまう。別に主人公2人の愛の物語に惹かれるわけじゃなく(主人公の女性は、ツァイ監督作品らしく相変わらず可愛げがなく自分勝手で孤独過ぎて見てて疲れる)。身体とセックスと労働とお金について考えさせられることが素敵なわけでもなく。そういうわかりやすいことをわかりやすくやってしまうところが可愛くて好きなのかも、と書いてて気付く。
間に挟まれるミュージカルシーンの、アホっぽ過ぎて安っぽ過ぎるかわいさも好きですよ。西瓜柄の傘がいっぱい歩いてるなんて、ただ見てて面白いし。女装したリー・カンションもかわいい。
そしてラストシーン。多分、嘔吐する人はすると思われます。比喩とかではなく。あまりのことに私は声を出して笑ってしまったけど。
他の映画でこんな終わり方なら「監督呼んでこい!」と劇場で暴れる可能性もありそうな。でも許せてしまう、そんな映画でありました。かなり個人的趣向強めの感想。

新しくなった表参道駅のカフェを初めて利用してみる。パンは旨いし喫煙席は広いしでかなりグー。近所に欲しー。

7割飲み過ぎ3割持病のせい(希望的観測)で、足のむくみがひどいので久しぶりにマッサージなんぞに行く。
初めて行くお店なのに、扉を開けた瞬間すごい笑顔で「お久しぶりです!」と迎えられる。いい加減慣れたからもう驚きもしないけど、さすがに私のドッペルゲンガー多過ぎないか?しかもここ数年都内で急増し過ぎ。そろそろ正確な人数を把握したくなってきた。
もしくは、ただどこにでもある平凡な顔なのか?ううむ。

今年の始めフィルムセンターで出会ってしまって以来、瀬川昌治監督の作品をまとめてみることを渇望していたら、ラピュタ阿佐ヶ谷さんが特集上映組んで下すって。ありがたやありがたや(そのわりには先週から始まってたことうっかり忘れてたけど...)。
『馬喰一代』(63年)、コメディ映画の監督と思ってたのに、親子の人間ドラマものでやや驚くも、かっこいいシーン満載やわえらい泣かされるわで大満足。フィルムの状態が悪すぎたことだけが残念。
無学で愚直で喧嘩っ早い主人公が男手ひとつで息子を育てる物語。戦前の北海道の田舎が舞台だけど、現代の東大阪辺りの町工場に設定を移してリメイク出来るんじゃないか、と一瞬考えてしまった。
ちょっとどうかと思う程色男な若かりし頃の三國連太郎の、決してスマートではないけど頑張りまくりな芝居につい涙。感情を抑えきれない時に奇声を発しながらスキップするとか、でかい体が泣かす。冒頭とラスト、馬に乗って走る姿もかっこよし(途中明らかに別人過ぎたけど)。主人公が恋する新珠三千代の影のある美人っぷりがまたほんまにキレイでため息。終盤突然吐血した後どうなったのかはかなり気になるけど...(フィルムが切れてたのかな?)。

で、涙々した後は『アッと驚く為五郎』(70年)で気分転換。ハナ肇も為五郎も全然知らんけど、冒頭で為五郎が五男だと知って勝手に親近感。
こういう、この年代特有のなんでもありのコメディは嫌いではないので素直に笑って楽しむ。今見ても全然笑えるからすごい。かなりブラックな笑いやけど。谷啓がかわいくて、ミヤコ蝶々がかっこよくて素敵。ラストの、ヒッピー(西洋乞食)とヤクザの抗争にしびれる。

と、たった2本でこんなに違った映画を見せられると他のものが気になって気になって仕方ない。通える限りは通いたいなー。

7時に帰宅した結果、起床したのは18時。てへ。

上野樹里をチェックする目的で「のだめカンタービレ」を見てたら、いつのまにか玉木宏に惚れていた。しかもかなりの勢いで。私は白いシャツを着てる男に弱いのだろうか。
で、上野樹里といえば、私が役者魂をかけて喫茶店の客を演じ切った(本編ではカットされてるらしいですけど...)『虹の女神』がもうすぐ公開ですね。結構いい映画だそうだから見に行きましょうね。

担任や同級生のいじめを苦に自殺した中学生の問題、なんで出てくるのは校長だけなの?そのボケ(担任)のツラを晒せよ。

夏が終わったからもうどこでも行けるのさ!ということで超久しぶりに日仏学院に映画を見に行く(トイレがめちゃくちゃかっこよく改装されてて驚く。前でも十分きれいだったのに)。「映画における罪と罰 死刑制度を巡って」という特集、ということは行ってから知る。死刑反対。
ロベール・ブレッソンの『抵抗 死刑囚の手記より』(56年)、久しぶりの同時通訳(イヤホン借りて通訳聞きながら見る)。会話劇な映画だとしんどいなと思ってたけど、その不安は回避。ドイツ軍に逮捕されたフランス人将校が、脱走を実行するためにひたすら黙々とその準備を進めていく。隣りの囚人との会話とか外から聞こえてくる銃声とか看守の見回りの音とかもちろん出っぱなしの主人公の顔とか、いちいちに「うおお、今私映画見てる!」と自分でもやや意味不明な感動を覚える。ラストのサーカスみたいな脱出方法にちょっとびっくりする。
続いて大島渚の『絞死刑』(68年)、が、一本目のブレッソンとあまりに違うノリ(寸劇?みたいな)なのでついて行くのにちょっと時間がかかったのだが、面白かった。死刑執行時に完全に死亡しなかった死刑囚の青年(在日韓国人の設定)が、意識を回復したとき心神喪失状態で記憶が混乱していることから再執行が可能か不可能かでてんやわんや。これが同時通訳やったら泣いてたってくらい言葉大活躍だったり、現実だか虚構だかわからない世界で映画が進んでいく感じはあまり嫌いではない。現代じゃあこんな映画撮る人ほとんどいないだろうけど。
映画の中でやたら「我々在日朝鮮人は!」みたいなことが叫ばれるので、なんとなく「いやあ、そんな大したもんでも...」と1人で肩身を狭くする。38年前かあ。

と、充実した映画体験をし、そのままおとなしく帰宅するつもりが、ウチに着いたのは翌日の朝7時。なんで?

一目惚れ、ってあるじゃないですか。
出会った瞬間「これだ!」と恋に落ちたものの、一応「高価過ぎる&派手過ぎる&ファーのジャケットは既に2着も持っている...」と冷静な判断は出来てたつもり。でもまあ着てみるだけならタダですし、と軽い気持ちで試着してみたらまあ大変。あまりの可愛さに悲鳴は出るわ、店員たちがあの手この手でおだてるからその気になるわの大騒ぎ。それでも、さすがにこの場で即決するわけにはいかぬと在庫の状況をチェックしてもらったら、なんと36サイズが日本にこの一着しか残っていないと言うではないか。まさに神の悪戯、運命の出会い。そして2人はめでたく結ばれましたとさ。
ということで、今年の冬、京橋やら御茶の水やら円山町辺りに、TPOを全く無視したヒョウ柄の毛皮を纏った女が出没する機会が増えると思われます。どんなに浮いてても本人幸せなんで、そっと見守ってやって下さい。

病院の喫煙所で一服していることろを主治医に目撃される。ケアレスミス。

姉が携帯電話の待ち受け画面にする程ハマっているアダム・サンドラー(俳優)がどんなもんかをチェックするためだけの目的で、『もしも昨日が選べたら』(フランク・コラチ監督)を見に行く。
家族は大切だけど仕事第一主義のサラリーマンが時間を操れる「万能リモコン」をひょんなことから手に入れて...、というストーリーを聞いた時点でオチは読めるものの、エロと笑いと感動の要素がバランスよく散りばめられた文句なく楽しめる映画でした。もうちょっと毒があってもよかったかなとは思うけれど、久しぶりに能天気に笑えるアメリカ映画を見れてよは満足じゃ。
アダム・サンドラーは確かに姉好みのベビーフェイス&ガチぽちゃ体型で、可愛いとは思うけれど惚れるには至らず。それより妻役のケイト・ベッキンセールの美しさに目を奪われた。でも一番良かったのはくるくるパーマヘアのクリストファー・ウォーケン。キュート過ぎー。

西原理恵子の「パーマネント野ばら」を読んで、そこが新宿の喫茶店ということも忘れて号泣する。

以前の日記でも一度登場した、知り合いの表現者の中で頑張って欲しい人トップ3に入る演出家岩井秀人氏率いる劇団ハイバイの新作「無外流津川吾郎」を見に渋谷へ向かう。20分程前に劇場に着いたらほぼ満席で焦る(自由席)。
定年退職を迎えた主人公が家族や福祉会館で出会った人たちとあーだこーだ...、と決してわかりやすく説明出来るストーリーではないのだけれど、きちんと笑える笑いを交えつつ(重要)、物語として成立してる素敵な舞台だった。舞台の構成も最早全く素人臭くなく。役者さんたちも、前に見た時より数段お芝居が良くなっていて驚く(でも役者としての岩井氏も見たかったなー)。
繰り返せばある程度の笑いが取れるギャグを1回しか使わない冷静な判断や、絶対ここが山場でしょ!と誰もが思うはずの父と息子が向き合う場面をびっくりするくらいあっさり終わらせてしまう潔さには「さすがやなあ」とニヤニヤしながら感心。ラストのとんでもなさは、まあ、個人的には全然オッケーだけど怒る人は怒るかもね...。でもそんな賭けをしてしまう姿勢も立派っちゃあ立派か(トークショーのゲストに母親を登場させるあたりと同じく)。
既に次回作が決まっていたり、ワークショップを定期的に開いていたり、新しいユニットを結成していたり、今みたいな精力的な活動を今後も強く希望。

今しがたWOWOWで来週『水没の前に』が放送されると知る。早っ。

ただ「ビビアン・スーを眺めたい」という下心を満たすためだけに見に行った『靴に恋する人魚』という映画が予想以上に面白く、嬉しかった。監督・脚本は、ロビン・リーという新人女性監督(えらい美人)だそうだが、今から次回作が楽しみ(なんでナレーションがアンディ・ラウなのかと疑問に思ってたら、彼が作った新人監督支援プロジェクトの第一弾作品なそうな。ええ国やなあ)。
おとぎ話をベースにした物語に、本当に絵本から飛び出したみたいなラブリーな映像&キャラクターと、ふと現れる現実的な感覚のバランスが丁度良く。まさか泣かされるとは思ってなかった(今更ながら改めて『アメリ』がいかにどうでもいい映画かを思い出してしまったり)。シンデレラや人魚姫が王子様と結ばれて、その後どうなのよ?と、相川七瀬ばりに夢見る少女じゃいられない女性には見て欲しい(新宿での上映は明後日までですけど...)。モチロン男性にも。ただのガーリームービーとして処理されるのは勿体ない。
美術や衣装(ロケ地までも!)の可愛さも、アジア映画では稀に見る満足度。無理にフランスっぽくしてるとかじゃなく、アジアっぽい色彩感覚(=派手)で作られた世界が乙女心をくすぐる(上にリンク張ってるHPも素敵なの)。音楽も可愛くて洒落ててねー(久しぶりに劇場の音響にも満足)。
そしてビビアン・スー。可愛いったりゃありゃしない(足もキレイ)。明日からリップグロスとパフスリーブのブラウスはマストアイテムとすることに決定。

池袋近辺でちょこちょこ用事を済ませた後、丁度時間が良かったのでM.ナイト・シャマラン監督の『レディ・イン・ザ・ウォーター』を。とにかく周りで評判のいいこの作品、どんなもんか見てやろうと。
ひとつの建物(マンション)の中で、「水の精」をめぐる物語があまりにもトントン拍子に進んでいくもんやから(えらい都合いいなあと突っ込みたくなるところもあったけれど)、ついなんの疑問も持たずに2時間近くあっさり見てしまったが、ラストカット(かっこいい)終了5秒後くらいに事態の大きさに気付いて驚愕する。決して『シックス・センス』のようなドンデン返しとかじゃなく、よく考えれば(考えなくても)最初から最後までそのことを伝えるためだけの映画なのだけれど...。
こういうのネタバレっていうのかこの作品に関しては本当によくわからないのだけれど、この映画は「世界は絶対正しい方向に進んでいく」と疑う余地もなく断言している。めちゃくちゃ現実的に誠実に。現代のアメリカで(しかもマンションの中しか映さないという方法で)こんなものを作るシャマランは確かに本気だ。すごいことするもんだ。「面白い映画!」と褒め讃えるのとはまた違う、こんな映画を作る人がいるんだ!という喜び。
冒頭の強引なピントのあわせ方とか、中盤の微妙な人物の写し方とか、なんかおかしなコトするなあと思ってたらカメラマンがクリストファー・ドイルだった。ちょっと意外。監督は、相変わらず目立ちたがり屋でちょっと笑えた。

中日が優勝なんかしてもどこもセールにならないじゃーん。つまんなーい。

これといった目的もないけれど天気良いからとりあえず外出するかと渋谷をプラついていたところに、タイミングよくキャリー姉さん(仮名)からワタリウム美術館での「さよならナム・ジュン・パイク展」お誘いの電話がかかってきたので喜んでお受けする。韓国人の有名アーティスト、らしいが初耳だった私...。最終日ということで会場は混雑気味でした。
TVモニターを使用した作品が多く、どれもこれも可愛くてポップでなんか笑えて大変気に入った。一番大きな「ケージの森・森の啓示/TV庭園」という作品を見た時、だいぶ前にビデオで見た如月小春さんの「NOISE」の舞台(名前とか年代は不明...)を思い出したのだけれど、活動してる年代が被ってたり坂本龍一繋がりだったり、なんか関係あるのかなとふと思ったりなんかした。

夜は、方向音痴な女2人がなんとかかんとか辿り着いたお店でおじやを食しながら、そりゃあもう色々なお話を。

と、最近シネマヴェーラという映画館に通い気味な私に、親切な友人がそこの館長さん(内藤篤氏。本職弁護士)が書いた文章が掲載されてる雑誌(PR誌っていうのかな。「UP」東京大学出版会)を送ってくれる。ありがたや。自虐的なタイトル(「円山町瀬戸際日誌」)と、山口百恵特集が大苦戦だったことをセンスのいいユーモアを交えて書いてる文章に声を出して笑う(ああ、百恵特集ちゃんと通えば良かったと後悔)。素敵な方だ。
色んな意味ですごく大変そうやけど、映画館経営も楽しそうだなと能天気に夢想してみる。

WOWOWで超久々に『妹の恋人』を見てちょっと泣く。

くそー、昨日「ウコンの力」売り切れてたせいで二日酔いじゃ。

夜のパーティーに備え、明らかに場違いな格好で夕方シネマヴェーラへ向かう。
本日はまず中原昌也さんと上野昂志さんのトークショーから。台湾映画と日本映画の水準の溝、侯孝賢の映画が「何で成り立っているのか」、(句点ではなく)読点で終わることの中原氏の小説との共通点、などのお話も興味深かったのだが、何よりお2人の侯孝賢監督最新作『百年恋歌』大絶賛っぷりが頭に残る。ああ、早く見た過ぎて苦しい。
そんな悶々とした気持ちを抱えたまま、『風櫃(フンクイ)の少年』(83年)。海辺の片田舎で下らない悪戯や喧嘩に明け暮れる若者たちが都会に出て色々経験していく青春物語、と書いてしまえば簡単でありがちな、でも絶対にそんな言葉で済ませられない映画で、またも涙だーだー流しながら見てしまった。
青年たちが田舎で走り回ってたり(鎌持ってたのはびびったけど)海辺でしょーもないダンスを踊ってるだけでなんでこんなに泣けるのだろうと本当に不思議に思う。動かない父親や片思いの相手のことを思い出してる(思い出すだけ)主人公の顔(なべやかん似)がまた良くて泣ける。久しぶりに甘ったるくなくロリコンでもなくマッチョ臭くもない青春映画を見れて大満足。ちょっと出演してた侯監督もかわいくて良かった。

で、夜は予定通り新宿にて知人の誕生日パーティー。飲み過ぎてはしゃぎすぎた、ような気がする。記憶曖昧。

お昼は、久しぶりに東京の実家に戻ってきてる学生時代の友人と池袋にてランチ。涙流す程笑う。
おウチに可愛いベイビーが待っている彼女とは夕方に別れ、大雨をしのぐために映画館に駆け込み、時間が丁度良かったので古澤健監督の『オトシモノ』を見る。何目的かわからんけど、周りは制服姿の女子校生だらけだった。
ホラー映画にしてはちょっとテンポが中途半端やし、無理矢理組み込みました的な友情物語にも乗り切れないしでちょっと残念、と思いかけたが、ラスト10分で「ああ、これがやりたかったのね」と納得。詳しくはわからないけど、簡単に言うとそこだけ多分モロにアメリカのB級ゾンビ映画。突然あまりに映画のテイストが変わってしまうことが面白くて良しとする。伏線張っといて、結局全部投げっ放しという潔さも気に入った。
でもここまで電車やら駅やらを頻出させるなら、人が轢かれる時はスローじゃなくてちょっとでも血を見せて欲しかったな。板尾(創路)のシーンはさすがと思ったけれど、それ以外はホラーなのに全然怖くなかった。が、ギャル達がいちいち丁寧にきゃーきゃー悲鳴を上げていたので多分これでいいんでしょう。
沢尻エリカ、髪型が変。顔色悪すぎ(カメラのせい?)。杉本彩の月影先生(「ガラスの仮面」)コスプレは良かった。声低過ぎたけど。そしてこれは劇場のせいなのかも知れないけど、人の声がやたらこもって聞こえたのが無念。

帰り道、血迷って徒歩で家に向かうも、途中で暴風雨にやられて傘が壊れ全身ずくずくになる。なんか面白くて1人で大笑いしてしまった。

友だちに誘われるがまま、新宿伊勢丹のイタリア展てなモノに行ってみる。デパートの催し物、世間じゃえらく人気らしいが私は初体験。どんなものか想像もつかなかったのだけれど、こんな楽しいとは!と大興奮。お店のだいたいは食料品系なんだけど、全部が美味しそうに見えてやばかったっす。気付いたらめちゃくちゃ買ってたっす。でもまだ買い足りないから多分また行くっす。
友だち曰く「こんなに試飲出来るのは珍しい」というワインコーナーで、とりあえず勧められるがままに試飲しまくって、それだけでホロ酔い。気付いたら1人暮らしのくせに5本も買ってた。飲みたい方連絡下さい。
で、さすがはイタリア展。イタリア人にわか店員みたいな男性達からラブコール受けまくり。そんな、生ハム試食中に名前聞いてどうすんの?と思わなくもないけど、さすがチョイワルと感心。
もう持つの無理ってくらい買い物した後は、同じフロアに作られた簡易レストランみたいなところでイタリア料理。お店の雰囲気とは裏腹に、かなり本格的に美味しくて大満足。
来週はじめくらいまでやってるそうなので、興味のある方は一度行ってみたらよろしいかと思います。かなり楽しめますよ。

髪切ったぞ!脱武道の先生宣言!!

で、本日もシネマヴェーラ。見たい新作はいっぱいあるけど、やっぱり『恋恋風塵』(87年)をスクリーンで見れる機会は逃すわけにはいかず!が、また上映直前にデジタルβカム上映と知って1人静かにショックを受ける。
でも、やっぱり見て良かった。18歳の頃ビデオで一応見てたけど、ほんまに色々忘れまくってる自分にびっくり(主人公の男の子、こんないい顔だったのか)。冒頭の「映画だ」から最後の山までうっすら涙を浮かべっぱなしの110分。隣りに座ってたスーツ姿のおじさま(推定50代)も、終盤声をあげて号泣してらっしゃいました。こんな静か過ぎる恋物語で老若男女を感動させる侯マジック。
で、こんなもん見てしまったら1本だけで済ますわけにはいかぬ、と、予定外の2本立てで『童年往時 時の流れ』(85年)を見る。
これまた、確かに時の流れとしか言いようのない、田舎に住む1人の男の子の子ども時代と青年時代を静かに追った物語なんだけど、とんでもなく面白く。色んな理由で家から人が減っていく。高校生になった青年は喧嘩やら風俗やら覚えていく。本当にそれだけなんだけど、ラストには嗚咽。おばあちゃん子の私にあれはやばかった...。色んな意味ですごい映画。
侯孝賢の映画見てると、意味のわからない音のかぶせ方にいつもドキドキする。

と、こんな素晴らしい映画を見せて頂いて文句言うわけじゃないんですがね。シネマヴェーラさん、喫煙所がないんですよ。だから、タバコ吸いたくなったら一旦外に出て携帯灰皿持ちながらプカプカするんですけど、立地が立地(渋谷ホテル街の入り口)なだけに、何かを勘違いしたきもいおっさんたちが笑顔で近づいてくるのが大変不愉快なのですよ。愛煙家乙女映画オタクのために喫煙所を設けたらどうかなー、なんて思ったりしただけです。

50インチのプラズマTVを手に入れても尚、DVD・ビデオ観賞の類いにどうしても慣れられない私にとっては大変嬉しいシネマヴェーラでの侯孝賢(ホウ・シャオシエン)監督特集。初期のも含めほとんど見てるしなー、なんて思いながら上映作品のラインナップを見て超反省。ぼろぼろ見落としまくり(ちなみに侯監督はミーハー丸出しの女子大生にも笑顔で優しくサインしてくれるいい人)。
なので、本日はまず『風が踊る』(81年)。盲目の青年とカメラマンの女性の恋、その物語も素敵だし(ラストがかがり現代的でかっこいい)、2人が出会うシーンなんかもめちゃいいんだけど、やっぱり田舎の道や学校を子どもたちが遊んだり走ったりするシーンに心躍ってしまう(小学校で生徒たちが唄う「あおげば尊し」の日本語字幕に度肝抜かれる。「豚足に塩卵~」とかなの)。こういうのを候孝賢にやられるとね。冒頭の牛の糞のアップとか見てると監督自身が子どもなんじゃないかと思ったりもするけど。ああ、やっぱりこの機会に『冬冬の夏休み』を見直そうか。
で、2本目には、長年スクリーンで見ることを恋焦がれていた『戯夢人生』(93年)。が、上映直前にDVD上映と知ってショックショックショック。あまりのショックに受付で大声出してしまうも、他のお客さんたちはとても静かに対応していたので恥ずかしかった。
それでもまあどうせ暇やし、と結局見ることにする。結果、あまりの面白さに見て良かったと思えたが、いつかはフィルムで見たいな...。終盤ディスクの調子悪くてスローになったりしてたし...。
それにしても、なぜ、ただ人が静かに生まれたり死んだりするだけの映画がこんなに素晴らしいのか。なぜ、李天禄はいつ見ても、見てるだけで泣けるのか。ああ、やっぱりこの機会に『悲情城市』を見直そうか。

『SHE HATE ME』という原題に何が起こってどう転んだら『セレブの種』という邦題になるのか、本当に理解に苦しむところだけれど、お気に入りのスパイク・リー監督最新作ということなので一応見に行く。
上映前に「2時間20分とはえらい長いな」と思ったけれど、見てみて納得。一流企業の役員だった主人公が内部告発したことをきっかけに会社から濡れ衣を着せられて、経済的に追いつめられたところにレズビアンになった元彼女が精子提供ビジネスの話を持ちかけてきて...、というストーリーの中に、これでもかってくらい現代の資本主義社会の中に存在する問題が詰め込まれてるすごい映画。それでも全然深刻じゃなく笑える素敵な映画。
ものすごく早いテンポで進んでいく途中で、さすがに「生まれてくる子ども」に対して一切の言及がないのはなんでや?と疑問を持ちかけたところで、出産シーンを見て納得。ほんの一瞬やけど(でも2回出てくる)、ここでは子どもの権利とか人格とかじゃなく、ほんまに「生まれてくる命」として扱われてるんだと感じさせられる。故に泣ける。
で、そんな問題山積の挙げ句、結局ラストには何かが解決したわけじゃなく、ただ主人公たちの心が落ち着いたってだけやねんけど(前作『インサイド・マン』もそうか)、欲を言えば何か解決して欲しかったけど、今はこれでいいんじゃないでしょうか、と思いました。
16ミリフィルムでの撮影、ということだが、その辺あまりよくわからず...。主人公の部屋の配色(自画像?)がきれかった。モニカ・ベルッチはやっぱり美しかった。久しぶりにウディ・ハレルソンとジョン・タトゥーロが見れて嬉しかった。めちゃんこ個人的には、主人公はもうちょっと笑顔の可愛い人の方が良かったかも。

そんな、よく知らん人とセックスしてまで子どもねえ、と我が身について考えてみるも、飼い猫にこんなにソファを占領されてる時点で(下図参照)子育てには向いてないような気がしたのでしばらくは遠慮することにする。

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大阪府から連絡がこない。むかつく。
先日帰省したのは、親への義理ってのもあるけど、難病特定疾患認定証の更新手続きを向こうの区役所で申請する目的があったのだ。会社の都合で7月頃に住民票を大阪に移したので。で、大阪帰った時に役所に行ったのだが、「住民票がこっちで住んでるのが東京っていうレアなケースは引き受けられない。とりあえず東京の区役所行ってくれ」と追い返され、なんじゃそりゃと思いながらもこないだ暴風雨の中頑張ってVネック深めの服着て(これがね、こういう場合結構役立つのよ)近所の区役所に行ったら、「絶対大阪が間違ってるから。それは東京で出来ないから。もう一回大阪の区役所で手続きしてくれ」と言われる始末。あまりのことに文句言う気力も出ず。露出し損。はあ。で、数日前に大阪の区役所に電話したり書類送ったりしたのにノーレスポンス。むかつく。早くしてくれないと今の申請書の期限が切れて薬代とか診察代がバカ高くなってしまうんですけど!ったく、病人をムダに疲れさすなんてなんちゅー国や。安倍さんがなんとかしてくれないもんか。しないんだろうなあ。むかつく。

今日1日、起きてる状態の猫を5分くらいしか見てない。寝過ぎ。さすがにちょっと心配。