うっかり入院で見逃した『白夜行』をこないだDVDで見てみたのですが全然駄目でがっかり、はて今回はと深川栄洋監督『神様のカルテ』 にチャレンジ、相変わらず色々気を遣って頑張って映画自体は器用にまとまってるのはわかるけど何この退屈感、ああ、そもそも医者としてエリートコースを選んで成功するか地元の病院でこつこつ頑張っていくかをうじうじ悩む若手医師の心の葛藤、ってまったく映画向きじゃない話だよなと。そのネタだけで120分以上はキツい。唯一ドラマ的な要素である末期がん患者の加賀まりこがいい子ちゃん患者過ぎて全部自分で解決(難病もの映画でラスト10分に感動の手紙を残して死ぬの禁止)誰か止める人いなかったの?ってくらいパーマヘアが浮きまくってる櫻井翔はただの主治医以上でも以下でもなく、普通に仕事してるだけの人でしかない(それでも一応重要と思われるシーンで悉く後ろ姿だったのは監督の演出か苦肉の策なのか...)。自分のことばっかじゃなくせめてがんを告知するときくらい悩んでよ。んでもってそれに輪をかけて宮﨑あおいのただ家にいるだけでしかない存在の意味不明さ(チラシにも「心を癒す、妻」とバカにした説明つけられてるけど)これじゃ本当にアフラックとオリンパスのCMのためだけに出演してるとしか思えずさすがに可哀想でした。この夫婦セックスしてたんかよとオチには驚いたけど。
他にも、あのダサ過ぎる共同生活のノリ(「姫」とか「ドクトル」とか呼び合いあうの)とか主演のふたりの喋り方とか色々イタい部分もあり、友だちが引っ越していく際に若い女に率先して「バンザイをしましょう」と言わせる感覚って何なんですかね。若い監督さんの仕事にしては残念感が残る。

誰に会う予定もなくひとりひっそり映画館に行くだけだから別にええかとユルい格好で劇場に向かったら受付の男子がふたりとも偶然知り合いで微妙にきょどる。
それはともかく、予告を見たときさすがに『キックアス』の二番煎じ過ぎないかと『キックアス』に今イチ乗れなかった派としては一抹の不安を感じながらもジェームズ・ガン監督『スーパー!』 を恐る恐る見てみた。結果、能天気過ぎる『キックアス』よりは好感を持ったけれどやっぱり同じような後味の悪さがほんのり残ってしまった。
冴えない中年男が最愛の妻に逃げられたことをきっかけに神のお告げを聞いてしょぼい手作りユニフォームを着た自称スーパーヒーローになって悪と戦う、その滑稽で真剣な姿が切なく愉快なのはわかるけどやっぱり正義の名の下人を殺してもオッケーという流れにするならせめて殺人シーンを超絶面白くしてくれないと納得できないと言うか。股間にナイフを突き刺すことには素直に大笑いできたんだけど、同じキチガイでもエレン・ペイジは頭飛ばして命を犠牲にしてるのに主人公は妻に逃げられてしょんぼりして終わりってのがようわからん。途中で無意味に殺された刑事の存在もようわからん。トイレのゲロが顔になったりヘタウマなアニメや音楽の感じは結構好きだったんだけど。キレたケヴィン・ベーコンがもっと見たかった。
とか思うのはやっぱり私が真面目過ぎるからかしらんやっぱ寝ぼけた勢いで逆レイプするくらいのビ◯チにならなきゃダメなんだろうなと反省しなくもないんですがね(あの中途半端な伏せ字はなんだったんだ?)。

最近の哲学ブームに乗っかって、ジャン=ピエール・ポッジ、ピエール=バルシェ監督『ちいさな哲学者たち』を吉祥寺で見てみた。
幼稚園児に哲学の授業を受けさしたらどうなるかというドキュメンタリー、舞台になっているのはフランスの教育優先地区と呼ばれる教育の成果の上がりにくい地域だそうで、幼稚園のひとクラスにも白人アジア人アフリカ系黒人とかなり人種のカオス、みんなあまり裕福なお家ではなさそうな雰囲気。そこで4〜6歳の子どもたちが哲学というかとにかくある問題に対して自分たちで考えてディスカッションさせてみようという。映画として何か変わったことをしてるわけではなく、とにかく子どもたちが最初は無関心だったのに二年間「哲学」する間に本当に自分たちの頭で考えて必死で言葉を選ぶ姿とその内容だけを見せる、それはそれで十分面白かった。途中で居眠りする子もいれば先生が女だからってあからさまにバカにしてる男子もいたり。話し合うテーマは、子どもであるとはどういうことか、愛とは何か、貧困とは何か。自由とは何かという問いに対する4歳女児の答えは「独りになること」。彼女のこれまでの人生に何があったのだとちょっと不安になってしまったけど、大人が無責任な学級会ノリじゃなくこれからの日本でもきちんと専門家が支えるこういう時間は結構有効なんじゃないかと思えました。私が幼稚園のときの将来の夢は家政婦さん。変な子どもでした。

夜もそのまま引き続き吉祥寺にて、PROJECT FUKUSHIMA共振企画「爆音で、わたしたちの明日を考える」 で上映されたジャン=リュック・ゴダール監督『アワーミュージック』(04年)を爆音鑑賞。公開時以来数年ぶりに見て、相変わらず自分の記憶力の貧しさにひとり悲しくなってしまったのだけれど、いくらタイトルがアワーミュージックとは言えここまで音と音楽が凄い映画だとは思ってなかった。あっちからこっちから重なり合って暴れていると思ったら不意に無音になったと思ったら静かに水が流れていたり、初見以上にドキドキしてしまった。それと『ふたりのヌーヴェルヴァーグ』の後だからか、おじいちゃんゴダールの姿にも妙に感動してしまった。見えないはずのオルガが何を見ているのか、この機会に爆音で見れてほんとに良かったです。

ビッチ界期待の星ミーガン・フォックスちゃんが反ユダヤ発言でスピルバーグ先生のお怒りを買い今作には出演してないということでだいぶテンションは下がるもののまあとりあえずとマイケル・ベイ監督『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』 をほぼ満席のシネコンで3D鑑賞してみたよ。
冒頭からタイトルが出るまでの数分、アポロ11号と宇宙空間の3D体験はちょっとワクワクしてしまったしタイトル直後のビッチのお尻アップにはさすがマイケル先生と感心もしたけれど、その後はほんとひたすら騒がしいだけで、疲れた。短小野郎は(『遠距離恋愛 彼女の決断』見てね)素直にかっこいい車!マブい女!でかいロボット!で楽しんでればいいものの必要以上に脚本を複雑にするもんだから更にぐったり。ロボットの寝返りとか裏切りとか言われてもなあ。って言うかこれは見た人みんなの共通意見だと思うけど、金属VS金属の闘い、物体としての見分けがつかな過ぎて敵か味方か混乱しまくります。他にも色々失笑したり呆れたりしたはずなんだけどそんなことをいちいち指摘するのもなんか違う気がする、こういう映画なんだろうなあと想像した通り、それ以上でも以下でもなかったというスカスカ度でございました。何かを期待してたわけじゃないからいいんだけど別に。
ただ、ハリウッドのニートキャラを背負いつつあるシャイア・ラブーフ君、さすがに今回特に何をするわけでもないただのニート過ぎて、ちょっとイライラした。新人のくせに職場に彼女連れてくるとか意味わからな過ぎる。新ヒロインのロージー・ハンティトン・ホワイトレイトちゃんはビッチにしてはちょっと顔がお上品かなと思ったけれどここまで真っ白のボディコンを着こなす気合いは買った。

尾てい骨痛を乗り越え、夏風邪による発熱を乗り越え、猫の腎不全悪化を乗り越え、ようやく久しぶりに映画館に辿り着いたと思ったら、雨宿りついでに劇場に駆け込んだという一見紳士風エロジジイ(恥ずかしそうにシニア料金なんだよねと呟いてたから少なくともオーバー60)に上映前のロビーでめちゃくちゃしつこく付きまとわれ(自分も暇そうなくせにナンパの第一声が「君、仕事してないの?」で、無駄にイラッとした)、32歳早々自分の人生に挫折しかけたけれど、ロバート・アルトマン監督『ナッシュビル』(75年) を見たらそんなことはどうでもよくなったのでした。
アメリカ南部の街ナッシュビルで大統領選を巡る色んな人たちのああだこうだの群像劇、という説明もアホらしい程あっちこっちでしっちゃかめっちゃか、シーンが変わるごとに出てくる人も流れる音楽も違う160分、途中からそれが面白いのかつまらないのかもわからなくなってしまう世界で、映画の中で人はこんなに自由でいいのかと感心感動の体験でございました。これは私が当時の人気俳優をまったく把握してないからなのかあの妙な形のバイク野郎とかサーキットでのショータイムとか意味わからな過ぎて動揺、自分が生まれる数年前に既にこんなテンションの高い映画があったんだという事実に更に動揺。でも音痴の少女に向かって脱げと野次を飛ばすジジイたちはナンパしてきたおっさんとまったく同じ生き物だなと、ラストのピンクのドレスが妙に切なくて泣きそうになってしまったり。前回の『バード☆シット』に続き不勉強ものに優しい企画に多謝。

最近身の回りでめでたいニュースが多くって、先日も祝い酒じゃと浮かれて酔っ払ってたらつるっと滑ってがつんと尻もち、はよくあることだしその時は特に問題なかったのだけれど、翌日尾てい骨の激痛で目が覚め、そのまま起き上がるのに数分を要する事態に。その後何をするにもお尻が痛いくて日常の動作が超ゆっくり、今なら素で『スローな刑事にしてくれ』に出れるねと思いながらここ数日ひたすら安静にしてたと言うかするしかない日々を過ごしておりました。が、本日やっと外出できるくらいには復活したので(なので多分骨折はしてないだろうと病院にはダルいから行かない)吉田光希監督『症例X』(07年)の試写を拝見することができたのでした(今話題のロカルノ映画祭に実は08年に参加していた自主映画、失礼ながら今回初めて知りました)。どんな内容かもほとんど知らずに見たのですが、80年生まれの監督さんとは思えぬ落ち着いた画面とでも堂々とした大胆さで、へえなるほどと面白かった。お名前から勝手に女性を想像してた監督さんは好青年だった。
年期を感じる一軒家に住む認知症を発症しつつあるヘビースモーカーの年老いた母と肉体労働をしながら生活費を稼ぐもう若くはない息子のふたり暮らしの様子が、ほぼその家の中だけを舞台に台詞らしい台詞もなく進んでいくのだけれど、確かにドキュメンタリーかと勘違いする程自然な役者の芝居にまず驚き、このまま地味な鬱屈日常系映画に落ち着くのかと思いきや微妙に変化していくふたりの関係が、執拗に響く踏切の音にギリギリ押し止められてるような危なさが怖くて切ない。多分これはそれこそXとしか名付けようがないくらい今の日本のどこにでもある親子関係なんだろうなと思いながらも、最後のふたりの姿がきちんと映画でかっこいい。ヴァンダかってくらい点かないライターを触り続ける老婆とその音に気付く息子の話。
撮影や音の感じも非常に立派、監督自身が担当してるらしい照明の暗さがすごい。67分、10月8日から二週間ユーロスペースさんにて特別レイトショー上映だそうな。是非とも一度見てみることをお勧めします。

日が暮れるのを待ってから、のそのそとエマニュエル・ローラン監督『ふたりのヌーヴェルヴァーグ ゴダールとトリュフォー』 を見に行った。ゴダールかトリュフォーかと問われればロメールなんだけど。
ヌーヴェルヴァーグの、カルティエの指輪は持ってるしもちろんフランス映画におけるその名前とぼんやりとした意味くらいは知っているけど本当にぼんやりでしかない私のような怠け者にはへええなるほどと97分で色々お勉強できる、有り難い入門映画でした。ドキュメンタリー映画としてはどうなんだろうと思わなくもない点もなくはなかったしなんとか頑張って現在のゴダールにインタビューはできなかったのかしらんと心残りもあるけれど、映画の8割近くを占める5、60年代当時のゴダール、トリュフォーのインタビューやヌーヴェルヴァーグ周辺の若々しい記録映像を見てるだけで十分心満たされるし(個人的に動くジャン・ルーシュが見れたのが妙に衝撃だった)、この若者たちが後々すごい映画を作るんだと思うとなんかもう。映画が後半、五月革命以降のふたりの決別とジャン・ピエール・レオーの苦悩に向かっていくにつれだんだん切なく、最終的なあの手紙には40年も前のことなのに勝手にしょんぼり。でも最後のレオーのオーディションは思わず微笑みながら見てしまった。ひとりの俳優の誕生から死ぬまでが映画の中にあるってことか。久しぶりに購入したパンフレットも充実の内容、これで私もにわかヌーヴェルヴァーグ通に(先日のシャブロル特集は見て見ぬ振りして過ごしたけど...)。

テレンス・マリックという監督になんの思い入れもなければ大した興味もないままに『ツリー・オブ・ライフ』を見に行ってみたが、なんだかなあ。
なんとなく崇高な感じのするつぶやきに乗ってアメリカ郊外の中産階級家庭のドラマが始まるのかと思いきや突然環境保護のPRビデオみたいな生命の起源から宇宙の神秘、文明批判な映像が嵐のように流れ出す。その映像たちの無意味な美しさや子どもたちがはしゃぐ姿なんかは素直にきれいだなと感じたりもしたのだけれど、基本的なストーリとなる(というほど物語があるわけでもないけど)主人公の苦悩話があまりにもちゃっちくて、私には無駄にスケールのでかいええ歳した映画監督による父親コンプレックス克服をするのためのリハビリ映画にしか思えず、カンヌを理解出来ず無念。親を殺したい程憎む反抗期なんて誰にでもあるだろうに、これでもかってくらいに壮大な世界を描きながら最終的には映画を利用して父親をどん底に突き落とす復讐の仕方に小さい男やなあと呆れてしまい、「母さんが愛してるのは僕だけだ!」って台詞には本気で引いた。地球使って言うことか。あと、これは私がキリスト的及び宗教的なことにはまったく無知なためわかってないだけかも知れないけど、冒頭からnatureとgrace、善と悪、父と母、って勝手に線引かないでよって感じ、あと、いくら時代背景があるにしてもさすがにこの母親はマリア的つぶやきを繰り返すだけでせめてもうちょっと具体的に息子たちを守る行動をとってくれないとただの暴君なご主人様に対して従順な馬鹿妻にしか見えないと思うんですけど。ワンピースで水浴びとかマジもういいし。
と、見た直後は「ビミョー」程度の印象だったのに思い出す程にイライラするという、よくある仮面マッチョな映画だったとさ。138分長いわ。

で、熟考の結果32歳の初映画はイエジー・スコリモフスキ監督最新作『エッセンシャル・キリング』 にしてみたところ、大変面白く、満足な幕開け。
冒頭ヘリコプターの爆音と激しい銃撃戦にうわほんまにランボーみたいと驚き興奮、したのも束の間、その後は一時間以上とにかく悲惨な雪山をひーこらひーこら逃走するヴィンセント・ギャロの独り舞台が続くだけなのに(多分アメリカに狙われたアラブ兵って設定なんだろうけど「極秘任務」だから詳しい内容もまったくわからない)、驚きと興奮が冷めないから映画って不思議。ひーこらひーこら山を登ってるだけという『劔岳』という映画もあった気がしたが、なんか違う。
とにかく見てるだけでもギャロが辛そうでもうやめてあげてーと言いたくなる程過酷な場面の連続なのにどこかユニークなのがポーランドのおっさんやっぱすごいなあと、魚泥棒と母乳のシーンでは大いに笑ってしまった。出てくるものがいちいちスケールでかいのも良かった、でもいくら寒い季節と犬が大好きな私でもここまで大量にはいらない。家路さんはガタイのでかい女性が好きなんだなと好感度アップ。『アンナ』に続きこれも是非爆音で見たい。
久しぶりに見たギャロ、歳取ってえらいかっこよくなってるやんとつい気になってしまい観賞後ギャロ監督のラルク・アン・シエルのPVを検索して見てしまった。ふーん...、って感じだった。

31歳最後に見た映画はマノエル・ド・オリヴェイラ監督『アニキ・ボボ』(42年) でした。幸せでした。32歳になってからはまだ猛暑が怖くて外に出る勇気がないため見れずじまいです。
ということで11日に無事32歳の誕生日を迎え、たくさんの方にメールやつぶやきでお祝いの言葉を頂き、ありがとうございました。昨年一年が結構悲惨だったのでこれで厄年とおさらばと思ったら本厄は今年だったとつい最近知りマジでちょっと凹んだりしたのでしが、なんとか頑張ります。今年の目標は、もう立派な大人ですから、脱入院とハードル高めにやっていこうかなと思っております。
誕生日の翌日、新宿にて、自分でも手に負えないくらい多くの人を巻き込んで盛大な誕生日パーティーを催しました。色んな人が来てくれたのが嬉しくて浮かれてつい飲み過ぎてしまい後半ホストのくせにゲスト放ったらかして店で爆睡という失態をやらかしてしまったのですが、おかげで楽しい時間を過ごせました。途中、安井豊氏や柳下毅一郎氏や中原昌也氏の参加とかなり映画的知性の高い集まりになっていた、はずが、朝の6時頃にはひたすら一体どのタイミングで私がアテネフランセで全裸になるか(そしてどのタイミングで松本氏にガウンをかけてもらうか)という話題に終始。おっさんたちに小一時間ほどかけて「シネフィル界に新しい風が吹くよ!」と説得されたけど、無風でいいです。そんな32歳の幕開け、今年もよろしくお願いします。

実はエラい張り切って公開初日に見に行ってたもののその後数日食っちゃ寝食っちゃ寝してる間に既に何を思ったか忘れつつあるマット・リーヴス監督『モールス』ですが、おおざっぱな印象としては、オリジナル『ぼくのエリ 200歳の少女』に今イチ乗り切れなかった派としては、個人的にはこっちの方が好きだったかな。それでも、監督の前作が『クローバーフィールド』なんてやんちゃな映画とは思えない程落ち着いて安定した映画作り、マットさん実は真面目な方だったのねと意外な反面、今回は幼少の頃からの親友だそうなJJさんの勝ちかなとは思ってしまった(幼なじみが揃ってハリウッドで成功するって、アメリカってすごいよな)。とにかく色々忠実に、ってのは伝わったけどもうちょっとやんちゃして欲しかった。本当に寒そうで人気のない街の空気やヴァンパイアが登場する瞬間は結構面白かったけど。私は人が火だるまになってる姿に弱いらしい。この邦題はさすがにちょっと無理があるんじゃないかい。
ヴァンパイアがオリジナル晩よりわかりやすい美少女になっているのが微妙なところだけど、今回の少女クロエ・グレース・モレッツちゃん、ついこないだだった『キック・アス』の子どもから一気に美しく、十分男を惑わす大人になっていることに衝撃、吸血鬼より現実の女の方が怖いよと震えてしまった(しかしこの子はこの歳で一体何人殺してるんだ...?)。しかし、赤い血を求めて夜な夜な街で大暴れ、これ赤ワインにして私でリメイクも可能かと。日光過敏症やし。

最近父親が「病気が治る水」を定期的にくれるんだけど、無味無臭で500ml800円だけど、リアルサウダーヂ臭が半端ない。

試写にお誘い頂いたので、大工原正樹監督『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱(こ)を使う』 を公開前に拝見。映画美学校の学生とプロのスタッフがコラボして作った作品だそうな。脚本は井川耕一郎氏。
タイトルからまったくどんな映画か想像つかないなあとワクワクしながら見てみて、実際全篇見終わった後もホラーなのかロードムービーなのかコメディなのか恋愛映画なのか掴みきれないなんとも不思議な作品で、学生がスタッフとは思えぬ充実感と完成度、大変面白かった。ホトホトさま怖い。実は大工原監督の作品は未見のものが多いのだけれどなんとかして他のも見てみたくなってしまった。
どことなく不穏ででもちょっと可愛らしい姉と弟のやりとりが謎解きと同時に進み、トラウマと戦うラストには血まみれのふたりの姿が感動的ですらある、大人が映画を撮るとはこういうことだと『コクリコ坂から』なんかに興奮した奴らは全員見て反省すべし。
さびれた海沿いの街のゲームセンターや人気のない映画館、廃墟になった実家の佇まいなんかも良かったけど、まあとにかく主演の長宗我部陽子さんがめちゃくちゃキュートで素敵、劇中で流れるオリジナルのブルースを唄う歌声もえらいかっこよく、惚れた。不意打ちの高橋洋にはさすがに笑ってしまった。
同時上映された、これも映画美学校の課題で作られたという『純情No.1』でも、キャラクターは全然違うけど、純情なのかただのキチガイなのかわけのわからん女を演じる長宗我部さんがとにかく可愛い。狭いトイレで展開される壮大な思い込みが冗談からいつの間にか愛になっていくからすごい。
公開は9月24日からオーディトリウム渋谷でレイトショー公開、の予定だそうです。 上映企画で連日色んな若手監督の作品も併映される模様、是非足を運んでホトホトさまの正体を目撃してみることをお勧めします。

なんか最近面白い映画しか見てなくてダメじゃんと大いに反省、そんなときには宮﨑吾朗監督『コクリコ坂から』 をと夏休み&レディースデーで超満員のシネコンで鑑賞してみたら予想以上の効果があって。なんかもうロリコンだとかマザコンだとかファザコンだとか文句言う前に(もちろん21世紀の今日にこのパッパラパーな男尊女卑感覚はもはや貴重だと思ったけど)、何もかもが心底つまらなくて退屈な映画、これを公開に踏み切ったジブリさんの勇気がすごいと思った。 
中途半端な戦後の設定に学生闘争を一億倍薄めたような高校生たちの牧歌的な闘い(?)を延々見せられ、ほんまに何がしたいのとイライラがピークに達したところでやっと主人公たちの近親相姦が発覚、おおこれからが戦争批判か変態プレイかとちょっと期待するも問題は誰が苦悩することもなく一瞬にして解決、で終わり。マジで椅子からずり落ちた。そのうえ、人間や船の動かし方と撮り方がショボい自主映画レベルの下手さ。冒頭の無声台所シーンでアニメとは思えぬカット割りのダルさに既に失笑、その後ダメだ失笑すら出来ないと思わず目をつむったら横に座ってた小学生男子に「寝てるー!」と騒がれる始末、確かに隣のねーちゃんに意識がいってしまう程映画つまんないもんねなんかごめんねと大人を代表して謝りたくなった。私も親のスネかじってる身ですから偉そうなこと言えませんが、これはいけません。

とマジ日本のアニメ二度と見ねえと辟易しながら入った飲み屋の親父がピカデリー梅田過ぎて笑いが止まらなくて困った。

朝っぱらから全然道をわかってない運転手にイライラさせられたりカルテを書くのに高級万年筆を使うような若造皮膚科医にイライラさせられたり(「教科書に載ってないなー」とかぬかしやがって本気で牛乳ぶっかけてやろうかと思った)で午後にはすっかり疲れてしまったので、癒しを求めて『カーズ2』を見に行ったら、癒された。監督はジョン・ラスター様。
前作の擬似的父と息子の成長物語から一転、今回は、冒頭からほんとにいつトム・クルーズやジェームス・ボンドが出てきてもおかしくないハイレベルなスパイ映画とカーチェイス、ハイブリッドカーの台頭に時代遅れ扱いされて怒ったガソリン車たちが利権と存亡を求めてテロ企ててました。ガソリン車のボスめっちゃ悪かったです。
相変わらず全ての乗り物が生きていて完全に自給自足してる彼らをそもそも誰が作ったのかという疑問はさておき、事件に巻き込まれた実質的な主人公のおんぼろレッカー車がなんの野心もなく親友のレーサーを想い頑張る姿に、本当に今世界に必要なのはこういうヤツなんだよなあと泣ける。物語と同時に盛り上がるレースシーンもかっこよく、私は2D吹き替えでの鑑賞でしたがこれは3Dでもいいかも(字幕版の声優はオーウェン・ウィルソン)。ただ、あまりにも完璧に車たちが擬人化され過ぎていてこれなら実写で人間が演じても同じなんじゃないかとちょっと思ってしまった感あり。贅沢な文句ですが。
劇中で車たちが相撲したり歌舞伎したりやたらと日本が持ち上げられてるんだけど、このPerfumeは確かに快挙かも。イタリア車のキャラがジローラモみたいだなと思ったら、声優がジローラモだった。

監督の思う壷だとはわかりつつ、予告を見てこのタイトル (と内容のぶっ飛び具合)はさすがに気になってしまった。今年の夏は仮面ライダーデビューしてみるか。

なんとまあ実は今まで見たことなかった藤田敏八監督『修羅雪姫』(73年)&『修羅雪姫 怨み恋歌』(74年)を銀座シネパトスさんで開催中の梶芽衣子スタイルその魅力にはまる で初体験してみたよ(冷静に考えたら凄いダジャレですよね、このタイトル)。で、びっくりしたんですけど、一作目の二作目でこんなに毛色が違うとは知らなかった。上村一夫先生の原作そのままな雰囲気(劇中漫画も映るし)、降りしきる雪の中を親の仇を討つために刀一本で戦いまくる女殺し屋のフィクショナルな美しさがたまらない一本目に対し、明治の日本で既に修羅雪姫の存在が浮きつつある程の反骨映画な二本目。両方はちゃめちゃ面白くかっこいいもんでどっちがいいとは言えないが、『怨み恋歌』の伊丹十三と原田芳雄の兄弟ってのはだいぶ強烈だった。ワイルドでピュアな姿に涙。全裸で殺し屋修行する少女の姿も相当だったけど。大した台詞はないのに、目力だけで全てを語る梶芽衣子、19時以降の回におじさん客が一気に倍増も納得の魅力でございました。
とこんな素敵な映画が入れ替えなしの二本立てで映画の日だからなんと千円はさすがにお得気分だわと浮かれて帰宅したら福島原発放射能最高値ニュース、昨日のメルギブ兄さんマジ全然笑えないじゃんと震えた。